Fathoming Tibet's political future「政治から読む チベットの将来」

By Tim Luard
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Many Tibetans believe that only the Dalai Lama can save Tibet from extinction.
チベットを消滅の危機から救うことが出来るのは、ダライ・ラマだけである、と殆どのチベット人は思っている。

But even a Dalai Lama is mortal. And they are deeply anxious about what will happen when the present one dies.
しかし、どの「ダライ・ラマ」にだって寿命というものはある。そして現在のダライ・ラマが亡くなった後のことをチベット人は非常に心配をしている。
チベット人にとって、ダライ・ラマは単なる仏教の僧侶ではない。神であり、王でもある。数世紀つづく精神世界と俗世を治める系譜を引きつぐ現在のダライ・ラマ。独自に発達した彼ら文明の、等身大以上のシンボルでもある。

For the past 50 years, from his sanctuary on the other side of the Himalayas, the 14th Dalai Lama has kept alive their dreams of survival as a separate people.
ヒマラヤの反対側に避難して50年の間になるダライ・ラマ14世。彼こそが、分断された民族を存続させたいというチベット人の願いの支えとなってきた。

Many fear that his death will rob them of their last chance of any genuine self-rule.
多くの人が恐れるのは、彼が亡くなれば正統な自治への最後のチャンスを失ってしまうのではないかということである。
Others predict chaos and bloodshed. Tibetan extremists might finally feel free to resort to terrorism, giving Beijing the chance to crack down harder.
混乱と流血の事態になると予想する人もいる。チベット人過激派が気兼ねなくテロ活動が出来るようになり、やがて中国の更なる厳しい弾圧が待ち受けることになる、と。
The Dalai Lama fled to India in 1959, amidst a failed uprising against the Chinese occupation which had begun nine years earlier.
1959年、9年間続いていた中国の占領に抵抗した蜂起がおきるも失敗。その最中、ダライラマはインドに亡命した。
Since then he has been the face of Tibet for the outside world. He has won the Nobel Peace Prize, the public backing of film stars, and the private support of presidents and prime ministers.
以来、彼は外の世界ではチベットの顔となった。ノーベル賞を受賞し、映画スターも支持を公言。諸国の大統領や首相もプライベートで支持をする。
But no country recognises his government-in-exile.
しかし、彼の亡命政府を認めている国家はひとつもない。
And as China's power grows there are few who even dare question its claims over Tibet.
そして中国の国力が巨大になりつつある今、チベットに対する中国の主権は疑われることさえない。


The Dalai Lama has become more important than ever to Tibetans since he left his homeland, according to Phuntsog Wangyal, who also fled in 1959 after taking up arms against the Chinese.
ダライ・ラマの存在は、亡命してからはそれまで以上に重要なものとなった、とプンツォ・ワンギャル氏は語る。彼も1959年に中国への蜂起に参加した後、亡命を果たした人物だ。

"He not only touches the people's hearts but he is ingrained in their minds. They have total faith in him," he said.
「ダライ・ラマは人々を、もはや心にしみこんでいる。全ての信頼をダライ・ラマにささげている」と彼は語る。

"It is impossible for the Chinese to destroy this image in his lifetime. But it is inevitable that he will die."
「彼のイメージを存命中に中国人が破壊することは出来ないだろう。しかし彼がいずれ亡くなるのは避けられない」
As a founding trustee of the London-based Tibet Foundation, Phuntsog Wangyal believes the sheer charisma of the present Dalai Lama will be hard to replace.
「ダライ・ラマの完璧なカリスマは、誰かが跡を引き継げるものではない」と、ロンドンで活動する「チベット基金」創立役員でもある前出のプンツォ・ワンギャル氏は語る。
"Who will take up his mantle? There is no-one equivalent to him. I don't think anyone will be able to have that kind of authority."
「彼の責任や役割を引き継げる人は誰もいません。彼に相応するような人間は誰もいないのです。彼の持つ権威と同じくらいのものを持ちえる人物は誰もいません」
The extent of that authority was graphically displayed recently when thousands of people in Tibet threw their rare animal skins onto huge fires after the Dalai Lama criticised the use of products from endangered species.
この彼の持つ権威をはっきりとあらわすような出来事が最近あった。絶滅危惧種動物の毛皮を使った商品をダライ・ラマが批判したところ、何千人ものチベット人が希少な毛皮を巨大な焚き火に投げ入れた、ということがあったのだ。
Political structure
○政治的構造
Samdhong Rinpoche is the first elected prime minister of the government-in-exile. He was chosen in 2001 by members of the Tibetan diaspora as part of an attempt to democratise a movement that has for decades revolved around the Dalai Lama's personal charisma, spiritual strength and towering reputation.
ムドン・リンポチェは亡命政府で最初に選出された首相である。ここ数十年、ダライ・ラマの個人的カリスマ、精神的卓抜さとますます高まる名声によってのみ動いてきた亡命政府の、民主化の試みの一部としての選出であった。
"By institutionalising the continuity of leadership, the arrangements are now in place to avoid a vacuum and make the Tibetan people not so dependent on the Dalai Lama," he told the BBC News website.
「リーダーシップがが続くよう制度化することによって、権力が空白の状態を防ぎ、チベット人がダライ・ラマにそう依存しなくてもよいようにする」と彼はBBCに語った。
But he stressed that there could be no substitute for a Dalai Lama. The usual search would take place for a reincarnation, using the traditional mixture of portents, omens and guidance from senior lamas.
しかし、彼は、自分自身がダライ・ラマの代理にはなり得ないということを強調している。転生者は通常どおり前兆や予言、高位のラマのアドバイスなどに従い該当者を探すことになるだろう。
The Dalai Lama has said he expects his successor to be found in a "free country", so he can carry on what he calls his "unfulfilled mission".
次の転生者は「自由な国」に誕生することをダライ・ラマは期待している。彼の「果たされていない使命」を引き継ぐことが出来るからだ。
In an apparent concession to Beijing, however, Samdhong Rinpoche said that if the 14th Dalai Lama were to be allowed to return to Tibet within his own lifetime, the 15th would be found there.
しかし、もしダライ・ラマが存命中にチベットに戻ることが出来るなら、15世はそこに誕生するだろう、と、中国政府への明らかな譲歩を見せながらもサムドン・リンポチェは語った。


"If not, then of course he could not be born under occupation".
「そうでなければ、占領下に15世が生まれることはありえないだろう」

Chinese control
○中国による統制

China says it wants the next Dalai Lama to be chosen under its own supervision. It is highly unlikely to accept someone from beyond its borders.
次のダライ・ラマは中国の監督下にて選ぶべきだ、と中国政府は考えている。国外の誰かを認証するということは到底ありえないだろう。

The long stretch between the death of one Dalai Lama and the adulthood of the next has always been a time of division and political weakness.
1人のダライ・ラマが亡くなり、次のダライ・ラマが成人するまでの期間は、これまで常に分裂と政治的弱体化を見てきた。

Kalsang Phuntsog Godrokba, president of the radical, but influential, Indian-based Tibetan Youth Congress, believes the Chinese plan to fill the vacuum with a new Dalai Lama of their own choosing, just as they have done with the Panchen Lama - the second most senior Tibetan spiritual leader.
カルサン・プンツォ・ゴドバはインドで活動するチベット青年会議の議長である。急進的な会議は大きな影響力を持っている。中国が前回パンチェン・ラマを独自に選んだように、ダライ・ラマ亡き後の空位もおなじように独自にダライ・ラマを選出するだろう、とゴドバは確信している。パンチェン・ラマとはチベットで2番目に高位の精神的指導者のことだ。
In 1995, the Dalai Lama recognised a six-year-old boy in Tibet as successor to the 10th Panchen Lama, who died in 1989. China detained the boy and chose another in his place. The original boy has not been seen since.
1995年、ダライ・ラマはチベットの6歳の少年を1989年に亡くなったパンチェン・ラマ10世の後継者として認定した。しかし中国はその少年を拘束し、別の少年をその位に就けた。その後、拘束された少年の所在は不明だ。
"The Chinese definitely want to see the Dalai Lama die so they can have a Dalai Lama of their own", said Mr Godrokba.
ゴドバ氏はこう語る。「中国がダライ・ラマの死を願っていることは確実だろう。そうすれば、自分たちのダライ・ラマを選ぶことができるのだ」
But he believes the non-violent, moderate path espoused by the present Dalai Lama could be abandoned by Tibetans after his death.
しかし、現在のダライ・ラマの提唱する非暴力で穏健な方策は、彼の死後に放棄されるだろうとも確信している。
"Violence is something in the hearts and minds of Tibetans. But so long as we have the Dalai Lama it is not easy to organise anything. It will take time," he said.
チベット人の心の奥深いところでは暴力がいつも存在している。しかしダライ・ラマがいる間はどんな行動も起こすにしてもたやすいことではない。時間がかかるだろう」と彼は語った。
"The Tibetan Youth Congress's commitment to independence will never change," he added.
チベット青年議会が独立に全力を傾けるということは、絶対に変わらない」と付け加えた。

According to many analysts, time is on China's side.
しかし多くのアナリストは、今は中国側が有利であると考えている。

They say Beijing is deliberately stalling in its sporadic talks with the Dalai Lama's representatives, since it believes that after his death the Tibet issue will simply vanish from the international agenda.
中国政府は
But others think China should capitalise on the prestige of the current Dalai Lama by reaching a settlement now, rather than waiting to see what his followers may do in his absence.

Samdhong Rinpoche said contacts with Beijing were likely to come to a halt in the absence of the spiritual leader, since China refuses to recognise the government-in-exile. It was therefore important to reach agreement soon, or there would be "deadlock", he argued.

There is growing speculation that the Dalai Lama's dream of visiting Tibet - or at least some Tibetan parts of China - might indeed become reality before he dies.

Earlier this month, China renewed its offer to discuss such a visit if he made it clear he had "completely abandoned Tibetan "independence".

The prospect of having more control over his successor just might tempt China to relax its conditions.

But Beijing is also aware of the danger - that the high emotions aroused by the return of Tibet's god-king after half a century could lead to the biggest demonstrations yet against Chinese rule.

Surviving a Tibetan gulag 「チベットの強制収容所を生きのびて」

2006年4月26日 英BBC


サンドルが最初に逮捕されたのは、まだ13歳の時だった。

(全訳)
チベット強制収容所に入れられていたことがあるガワン・サンドルにインタビューした1時間の間、彼女が微笑んだのは一度きりだった。
現在、ガワン・サンドルはアメリカに住んでいる。「あまりに苦痛だった。時間的なことはもう覚えていない」と彼女は言った。2002年に解放されるまで、彼女は12年間を収容所で過ごしたサンドルは、まだ20代後半である。
彼女が最初に収容されたのは13歳のときであった。ラサにある夏の宮殿(ノルブ・リンカ)の近くで、ガル尼僧院の尼僧たちと抗議活動に参加し、「チベットに独立を」「ダライラマに長寿を」と叫んだ後のことだった。
グツァの拘置所で9ヶ月を過ごした後、解放されたが、その後の自由な生活は長く続くことはなかった。1992年、再びデモに参加した彼女は逮捕され、悪名高いドラプチ刑務所に収容されることになったのだ。
ドラプチで課せられた処罰は恐ろしいものだった。サンドルは鉄の棒やゴム管で叩かれ、電流の流れる牛追い棒を舌に突きつけられた。手がマメだらけになるまで編み物や糸つむぎをさせられた。そして、完全な暗室の独房で6ヶ月を過ごした。また、極度に不快な労働も収容者には課せられた。「例えば、庭仕事には人糞を使うことになっていましたが、順番で便所に行き、くみ上げたものをリレーして回収していました。バケツを引き上げると、しぶきがはねて辺りに飛び散り、口の中にも入りました」。
このような待遇から、彼女は現在でも頭痛や腎臓と胃の病に悩まされている。しかし、「精神的拷問のほうがさらに酷かった」と彼女はいう。「ダライ・ラマ法王の非難を強要され、祈りをささげることも許されなかった」。彼女が仏教をどれだけ信仰しているか、そしてなぜ刑務所でこのような行動を取ったかが、この回答から伺える。
刑務所内でサンドルは繰り返し反抗を見せてきた。例えば、反体制的な歌を刑務所内で録音し、刑務所の外に持ち出した。それらの結果、彼女の刑期はさらに延長された。
しかし、自分を犠牲にしても価値のあることだったと彼女は言う。
「この刑務所に最初に行った時から、ここでは拷問のようなことが行われていることを知っていました。しかしそのことよりも、侵略者が私たちの国に来て、私たちを裁判にかけていることのほうが怒りを感じた」1950年、中国がチベットに侵略、その後も支配を続けている。
2002年の10月、最終的に彼女は解放された。素行優良という理由での解放だったが、それは江沢民ジョージ・ブッシュをテキサスの牧場に尋ねた数日前でもあった。サンドルは自由を勝ち取ったが、しかし家族を失うことになった。解放の5ヵ月後、チベットを去るように強要され、3人の兄弟姉妹とお別れしなければいけなかった。それ以来、会えずにいる。
彼女は現在、人権アナリストとしてアメリカの「International Canpaing for Tibet」で働いている。
これから何年かは、語学の勉強をし、ダライ・ラマの提唱する「中間」のアプローチを訴えていきたい、と彼女は語る。中間、とはチベットの独立ではなく自治を目指す運動のことである。彼女のアメリカでの新しい人生は、個人的にも大きな意味を持った。「刑務所の中では、どんな宗教活動も許されていなかった。だけれども今はチャンスがある。素敵です。」と彼女は言った。

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Tibet's Solar Energy PV Generation Ranked First in China(チベットの太陽光発電 中国国内でもトップ)

現在、チベット太陽光発電の施設などの総発電量を合計すると、9,000キロワットにおよび、設置された設備の発電能力も、中国国内で1位につけている。

2006年4月26日 TMC Net

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World's youngest political prisoner turns 17(17歳の誕生日を迎えた世界最年少の政治犯)


パンチェン・ラマ11世(ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年)

(全訳)
4月25日、「世界最小の政治犯」と人権団体により考えられている少年が17歳の誕生日を迎えた。11年前、チベットで2番目の宗教的な高位にあるとされていた彼は、人々の前から姿を消した。
人権監視団体によると、この少年、ゲンドゥン・チューキ・ニマくんは、チベットから亡命中の王、ダライ・ラマが彼をパンチェン・ラマ11世に指名した後、軟禁状態に置かれているという。彼の所在は、中国の最重要機密のひとつになっている。
カナダの政府高官が今月、中国を訪れた際にニマ少年との面会を強く要求したが、耳を傾けてもらえることはなかった。
「ニマ少年は安全で快適に暮らしており、プライバシーが守られることを望んでいる」と中国政府はオウムのように繰り返すばかりだった、とカナダ政府高官は語った。
また、中国政府のスポークスマンは前週にファックスで送られた質問事項には答えることはなかった。
1989年にパンチェン・ラマ10世が亡くなった後、ダライ・ラマが一方的にニマ少年を11世に指名したとして、恥をかかされ怒りに燃える中国共産党はニマ少年の名前を候補者リストから外し、ギャルツェン・ノルブ少年を10世の生まれ変わりとして承認した。
チベット仏教では転生の考えが信じられ、「生き仏」とされる高僧の魂は、その死後すぐに生まれた少年に転生している、と考えている。転生が本当に行われたかどうかは、亡くなったラマの持ち物を選ばせるなどの、昔から続く神秘的な調査によって厳密に行われる。
拘禁状態の中苦しい生活を強いられるニマ少年とは対照的に、仏教を学んだノルブ少年は先日、中国で57年ぶりに開かれた国際宗教フォーラムで国際的デビューを果たした。
おそらく暗殺を防ぐためであるのか、ノルブ少年の行く先々での警備は非常に固い。ダライ・ラマを信奉する人間は彼を偽者だと非難している。
「95年、中国が独自にパンチェン・ラマを指名したことは非常に大きな賭けであったが、このこれまでの目論見は完全に失敗だったと言える」と、コロンビア大学チベット学者、ロビー・バーネット氏は言う。
○次のダライ・ラマ
急速な経済的、軍事的発展をする中国は、ダライ・ラマの帰国を許可する前にノルブ少年のことを認証する要求をさせようと、ますます大胆になってきている。ダライ・ラマは1959年、民衆蜂起の失敗とともに国外へ逃れ亡命を果たした。
中国共産党胡錦涛国家主席は1988年から92年にかけて、チベット地区の共産党のリーダーであり、パンチェン・ラマ10世とも親しい関係を築いていた。チベットに対し、彼が政治的影響力を振るうことになるのか、それとも前政権の残した禍根として解決を目指す意図があるのかは、今後先行きが注目される。
党の強硬派は、チベットにおけるダライ・ラマの影響力の弱体化の方策をいまだ捜し求めている。現在70歳のダライ・ラマが亡くなれば頭痛の種はなくなるのではないかとの期待から、強硬派はわざと和解に時間稼ぎをしていると見られている。
しかしパンチェン・ラマの選択問題に固執する中国は、次のダライ・ラマに関する発言権をかえって失ってしまっている。
「中国は次のダライ・ラマの選定と教育の大きな機会を失ってしまった」と、中国で発禁処分を受けているチベット関係の本の著者、ワン・リーション氏はロイターに語っている。
チベットの伝統によれば、ダライ・ラマとパンチェン・ラマは転生の認定に関してお互いの承認が必要だとしている。
ダライ・ラマの死後には、2000年にチベットを脱しインドのダライ・ラマの元へ亡命したカルマパ・ラマと、パンチェン・ラマの娘、レンジがその代役を果たすのではないか、と一部では目されている。
チベット人がカルマパ、さらにはパンチェン・ラマの娘を将来的に重要視するのではないかと言う可能性は否定できないだろう」とバーネット氏は語った。

The Washington Post 2006年4月23日

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Methane Helps Relieve Energy Dearth in Rural Tibet(チベット農村部のエネルギー不足はメタンガスが解消)

チベット自治区、シガツェ県に住むチベット人の農家ジャムドゥさんの家の庭先には野生のりんごの花が満開だ。この家にある40平方メートルの温室は、空気を暖めて動物のフンからメタンガスを取り出すための装置である。このメタンガスはジャムドゥさん一家の料理のために使われる。

CRI ENGLISH.COM 2006年4月25日

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Tibetan group takes traditional songs on a road trip(伝統歌曲「ナンマ」を歌うチベット人グループが自費で演奏旅行へ

「昔はナンマの曲がたくさんあった、とお年寄りたちは言っていました。300から400あったそうです。しかし、1959年の「中国のチベット侵略」以降、ゆっくり失われつつあります。そして現代の音楽に興味を持つ若い世代とのジェネレーションギャップ・・・今はもう30曲しか残されていません。」

boston.com 2006年4月23日

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Tibetan lamasery renovation "ideal start" for China-Switzerland cultural heritage preservation (チベットの僧院 スイスと中国の初の共同文化遺産保存事業に) 

中国政府はこのRamoqe僧院を2001年に文化遺産保存事業の要としてリストに上げた。追加で700万元を使いこの僧院を06年〜08年にかけて修復する予定である。

人民網 2006年4月23日

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